徒然事変

ワタナベアコのブログ

グリグリという名の整体電流治療を受けてきた件

私は重度の肩凝り首凝りを患ってきました。多分高校生くらいからなので、15年の付き合いでしょうか。

 


学生時代から整体やマッサージに通い、ほぐさないと凝り固まっていくという地獄のデスロード。普通であれば父親をマッサージするのは娘だと思いますが、私は父親に「肩ー(´;ω;`)」とマッサージしてもらっていました←


月日は流れ、私はグラフィックデザイナーとなり、毎日パソコンに噛り付いて、椅子に長時間座り続けながら、眼を酷使する日々を送ることになりました。
自分で選んだ道なので後悔はないですが、背中も湾曲し猫背になり、前傾姿勢が強まり首はストレートネックに。


《必死で働く》っていうことはそういうことなんだと思います。

肩凝りから頭痛を発症するようになりました。


私の肩の筋肉はデリケートなのか、下手な人が施術すると余計に悪化し、頭痛で起き上がれなくなります。吐き気までしてしまう。


27歳の時に、相性のいい整骨院の先生と出会い週2回治療してもらいましたが、私の石のような肩と首が治療に追いつかない。( ̄▽ ̄;)

 


引っ越しを境にその整骨院を離れることになり、そこから整骨院ジプシーに。
何処にかかっても「。。。時間がかかります。」と、中途半端な施術になってしまうのが実情で、最終的には「脳圧が高いのでは?病院で検査されてみては?」というところまでいきました。


そこで、家ではゆっくり過ごしたいのでメリハリをつける為ジムに通い始め、生活習慣から見直すことにしました。


ストレッチや汗をかくこと、多少の筋トレとお風呂にゆっくり入浴することによって頭が割れるほどの頭痛の頻度は減っていきました。が。
軽減はされたものの、やっぱり肩凝りと首凝りは治っていなくて。ちょっと無理をしてメンテナンスを怠るとすぐ頭が痛くなってしまう。




「いつか体が浮くくらい楽になりたいな。
この肩凝りと首凝りと頭痛から解放されたい。」



そんな時に出会ったのが「グリグリ」です。

 

 

グリグリとは何か?


「グリグリとは、生体電流機で活性酸素を抜き、体内電流を整えてミトコンドリア
活性化する」  という治療です。

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こんな機械で身体をグリグリほぐしていくのですが

 


凄かった、、、(´;ω;`)


めちゃめちゃ良かった!!
グリグリは凄い!(*゚▽゚*)としか言いようがありません。




こんな満足のいく治療は初めてで、本当に生まれ変わったかのように身体が軽くなりました。帰宅中、上から透明な糸で頭を引っ張られてる感覚になり、肩甲骨が正常な位置になっている為、胸を張って歩くことができました。


「私、本当はこんなに姿勢いいんだ、、」と感激しましたし、私の体に真摯に向き合ってくれたみっきーさんへの感謝の思いで、帰り道のスーパーで泣きかけました。


胸を張って、お尻がプリッとして「S字のボディーラインでいるっていうのはこんなに気持ちいいのか」と。物心ついた時から姿勢が悪かった私には衝撃的な出来事となりました。

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※実物とは異なります

 


そもそも私は整体電流機の事も、ミトコンドリアの事も一切の情報がないまま、この治療をしている「みっきーさん」と出会う事になり、委ねるように身体を預けました。

 

 

 

謎のグリグリマスター「みっきー」


今までも勘と感覚で生きてきた私の直感で「この人は大丈夫だ。」と分かったのですが、安心して委ねることができた理由を挙げるとするなら


「この治療は一日1人まで。何故なら私の身体を通して治療するから。」という考え方。


初めはそれがどういう事が分からなかったのですが、施術中グリグリの機械を通して、みっきーさんの身体に一度悪いものを入れて、その悪いものをみっきーさんが「浄化」している、という不思議な感覚を覚えたのです。これは本当に不思議な感覚です。

治療自体は整体電流を整えるという理論があるものなので、イカサマいんちきな治療ではありません。

ただ、ただ、みっきーさんの治療にかける想いが半端ないのです。



みっきーさんは人生で二度大病を経験され、「自分は間に合わなかったけど、このミトコンドリアを活性化させる治療を必要としている人がいるから。だからやらねば!」という確固たる強い使命感で日々人を癒していらっしゃる。



もうね、、わたしは
命がけでやってらっしゃると感じた。



仕事の域を超えた強い使命感というのはこういうことを言うのかと。お会いして施術して頂いた方は感じることと思います。


 

強い使命感と自己超越


マズローの欲求というものがあって

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1.生理的欲求
(生きる為の基本的欲求。寝たい食べたいetc)

2.安全欲求
(安全安心な暮らしがしたいetc)

3.社会的欲求
(集団に属する。仲間が欲しい、会社家族国家etc)

4.尊厳欲求
(他者から認められたい)

5.自己実現欲求
(自分の能力を引き出し創造的活動がしたい。他者から賞賛されることに重きを置かない。)



マズローは晩年、自己実現欲求の上のグレードとして《自己超越》というステージがあると発表しました。



これはどういう事かというと
《目的の遂行・達成「だけ」を純粋に求める》という領域の事で、見返りも求めずエゴも求めず、自我を忘れてただ目的のみに没頭する領域の事です。



みっきーさんはこの《自己超越》という領域にいらっしゃると思います。


むしろ《自己超越》で生きてらっしゃる方。



「人を癒す」っていうことのポテンシャルが高くて、これが魅力になっているという事は、これを維持しなければならない。
それがどれだけしんどいことか。。



お金を持っている人は様々な治療ができますが、お金がない人だっている。万人に治療をしたいという想いでやっていらっしゃる。施術者のグリグリ中の肉体疲労は半端じゃないと思います。もう《自己超越》してるのです。


やってる事がマザーテレサと変わらないです。





そんな彼女が大事にしている治療の核である「ミトコンドリア」ですが、そもそもミトコンドリアって何なの?ミトコンドリアが活性化するとどうなの?って話になりますよね?

 

ミトコンドリアってなんなのさ?

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エネルギーの源。それがミトコンドリア


人間って身体が悪くなった時に治そうとするエネルギーが備わっていますが、そのエネルギーがミトコンドリアのことなのです。

 


だからミトコンドリアが少なくなると、治癒させるミトコンドリアが少なく本来のパフォーマンスを発揮できない故にそのまま病気を併発してしまったり、「未病」という状態になってしまいます。

ミトコンドリアを正常な状態に整えましょう、というのがミトコンドリア活性化でありグリグリなのです。

 

「グリグリとは、生体電流機で活性酸素を抜き、体内電流を整えてミトコンドリア
活性化する」  という治療です。(byみっきー)

 


事実、ガン患者のしこりが小さくなったり、不妊治療にもグリグリは有効。


何故そんな奇跡のような事が起こるのかというと、全身のミトコンドリアが活性化されることによって全身の細胞が正常な状態に整っていくからなのです。


結果若々しく健康でいられるのです。


もう、画期的ですね!!!
ミトコンドリア!!!!!!


今現在わたしは「グリ返し中」でして、身体がミトコンドリアの修復をしている最中です。首肩が鞭打ち状態ですが、可動域が広がり肩凝り首凝りによる辛さは今の私にはありません。

 

 

ミトコンドリアについて気になる方はこちらを参照するといいかも。

”ミトコンドリア”って何???|「頭医者のつぶやき」





✳︎


末筆になりますが。
みっきーさんは完全紹介制です。



彼女には本当に必要な人が必要なタイミングで辿り着くのだと思います。

 

 


屋久島に行った人って屋久島に呼ばれたって言うじゃないですか。同じ感じ。

 


屋久島=みっきー、みたいな。

 

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マザーテレサ=みっきー、みたいな。

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そんな感じなので、興味本位で会いたいとかって人は多分お会いできないようになっていますし、反対に私のように心から治療を望む人はグリグリに導かれるのだと思います。

 

だから本当に気になる方は、ググるなりなんなりして辿り着いてくださいね♡




「これが人を癒すっていうことか、、、」
人間の本来の姿に身を呈して引き上げてくださる。


これがみっきーさんのグリグリの私の感想です。



みっきーさん、本当にありがとうございました( ´ ▽ ` )

みっきーさんが大切にしてくれたこの身体、大切にしますね( ´ ▽ ` )

 

 

 

人を大事にするということは、自分を大切にする延長線上にある

 

 

最後まで目を通して頂き、ありがとうございました( ´ ▽ ` )

 

褐色の恋人スジャータとの思い出

 私とスジャータとの出会いは、母が購入してきたスジャータの1リットルの紙パックジュースだった。薄くて不健康な味がしたので、「果汁100パーセントのジュース買ってきて!」と催促したところ「それ安いから!それはそれで飲んで!いいジュースと使い分けて飲んで!」と言われた。



母がスジャータを買わないように、スーパーに一緒に行く。ついでに食べたいものをさりげなくカゴに入れる。母がスジャータに手を伸ばした時、「あっ、もうジュース入れたから大丈夫~」と、素知らぬ顔で当たり前のように言う役目を仰せつかっていた。

母は他のジュースが入っているのを確認すると、スジャータを諦めた。


スジャータとの戦いは1リットルの紙パックジュースだけだと思っていたのに、数年前のある日の旅行先でソフトクリームを食べようとした時、そのソフトクリームが自らを「スジャータ」と名乗っていた。どういうことかと言うとソフトクリームの機械本体に「スジャータ」と書かれていた。
 

 

私は悩んだ。スジャータは私を裏切るに違いない。
300円払ってクリーミーでミルキーで牛乳!って感じの〝間違いない〟ソフトクリームが食べたいのに、スジャータはきっと〝スジャータらしい〟ソフトクリームを提案するに違いない。


夫は無邪気に「ソフトクリームあるよ。食べれば?」と言ってくる。
「だって、スジャータって書いてあるよ。スジャータは、、スジャータは。。」と言ったところで口をつぐんだ。


夫は微妙に育ちがいいから、きっとスジャータを知らないのだ。オーガニックなお母さんがスジャータを買うわけがない。知らない人に言ったってこの気持ちが分かるわけがない。。でも、旅行中なのだ私は。ソフトクリームが食べたいのだ私は。


私「チョコ味ください」
おばちゃん「はーい」
 

出てきたソフトクリームはパッサパッサの●●●みたいなソフトクリームだった。潤いというものがまるでない。パッサパッサの●●●みたいなソフトクリーム。しかも血迷ってチョコ味。味もチョコソースをソフトクリームにしたような。だが、不思議なことに怒りは湧いてこなかった。むしろ感動していた。スジャータは「裏切る」ということを裏切らなかったから。
 

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伝わりますか?この先っちょが尖らずに切れてる感じ




 
スジャータは裏切らないんだ!スジャータは!!」と無言で食べ進めながら、夫に丸投げした。
 
 
 
 
以上が私とスジャータの出会いと馴れ初めである。
 
月日は流れて、スジャータのことなんか忘れて私は日々の生活を営んでいた。
 
 
 
 
ところが、先日自分で書いたブログのせいで思い出してしまった。
 
 
スジャータは「褐色の恋人」と呼ばれているじゃないか。

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褐色の恋人 スジャータ
 
 
それはつまり、スジャータ〜恋人の乳首は褐色。でも愛しています〜ということではないのだろうか??
大体の生娘の乳首は褐色しているわけで、誰もが褐色の恋人なわけです。


それなのにスジャータの名前をわざわざ挙げて褐色の恋人???
トラックまで走らせて??

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私はスジャータについて調べ始める。
 
スジャータ 褐色の恋人 意味」
 
 
 

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知らなかった。コーヒー飲まないし。そしてこの回答者の知っているのが当たり前感にゾクゾク
 
 
 
スジャータ、君は誰なんだ。
 
 
 
スジャータwikiに載ってるほど著名な人物だった。なんとあの釈迦に乳がゆを食べさせた娘、ということが判明。
 

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wwwwwwww
 
 
釈迦出すなよww
 
 
私はこの褐色の恋人というフレーズが気に入ってしまい、ブログのキャッチコピーを
 
〜褐色の恋人 ワタナベアコ〜にしてはどうだろうと思い始めている。
 

父が教えてくれた福田の真実

うちの父は人にあだ名をつけるスペックがある。本当にとことん絶妙なあだ名をつけるので私はその才能をスペック、と呼んでいる。


あれはもう5年以上前になると思うが、忘れられない「あだ名」がある。


その当時私は札幌に住んでおり、実家の両親と同居していた。田舎に娯楽というものは少なく、テレビを観ながらだらだらするというのが田舎の正しい過ごし方だ。


リビングのテレビではしゃべくり007がついていた。5年前と言えば「しゃべくりに出た人はみんな売れる」と言われていたくらい番組が流行ってて、お茶の間の月曜10時はしゃべくりだった。


しゃべくりメンバーといえば

ネプチューン(名倉、原田泰造、ホリケン)
くりーむしちゅー(上田、有田)
チュートリアル(徳井、福田)

である。間違いない。この7人である。



だが1名、毎回トークが放送されずに目立たないキャラクターがいる。




そう、福田だ。

 

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「なんで、この人いつも喋らないんだろうね?

つまらないからカットされているのかな?」


当時20歳以上23歳未満の生娘は、そんな残酷なことを簡単に言う。


ある月曜の10時、父と一緒にしゃべくりを観ていた私は父に「またこの人喋らないー!ねぇどうしてー!!」と言ったんだと思う。多分言ったんだと思う。(残酷。)


そして、父はおもむろにこう告げた。

 

 




「なんだぁこいつ、、、さつまあげみたいじゃないか!!」

 




さつまあげ!!!!!

 

 

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本当にこの人は、冴えてるとしか思えない。冴えまくってる。どこからどう見ても、もう「さつまあげ」にしか見えない。


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その後、徳井の情熱大陸(リゾット的思想)に触れ、
↓宜しければ、ご査収くださいませ

 

tacotoma.hatenablog.com

 



私の中ではチュートリアル

平子理沙の脇でリゾットが食べたい徳井」と「さつまあげという認識。

 

 

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それからというもの、福田が喋っていなくても全く問題を感じない。彼は彼の役割を果たしているのだ。その役割に皆が気がつけばいいのだ。


福田は給料泥棒ではない。・・・さつまあげなんだ。

 

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「しゃべくりセブン 福田」で検索すると

 

kyousoku.net

 

これが出てくる・・・こんなスレまで、できている・・・

 

 

 

違うんだよ!みんな違うんだよ!!

 

 

福田は、

なんだよ!

 

 

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何度も言わせんな!気づけ!このクソボケが!福田の魅力に気づけ!!



彼はどこからどう見ても「さつまあげ」なのだから、トークで目立とうとしなくてもいいじゃないか。存在しているだけでいいのだ。トークが売りじゃない芸人だっているんだよ!!このスットコドッコイ!!

 

 

↓こんなブログ作ってるやつ見つけたんだけど。

しゃべくりに福田はいらないのか

 

 

バーーーーーーカ!!!「福田をどう生かすか」とか言ってる時点で何も福田のことをわかってなんかいない!!!!!!!!!!

 

生かすとかじゃなくて!

 

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福田はさつまあげなんだよ!!

 


その視点でしゃべくり007をみると、チュートリアルに特別な感情が生まれて、たまらなくなる。いいですか?伝えましたからね。芸人はトーク力だけじゃないんだ。

 

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誰がさつま揚げやねん!!

 

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福田の情熱大陸。それはさつま揚げ。

 

 

こっちもセットで読みして初めてチュートリアルが完成となります。

ご査収下さいませ。

tacotoma.hatenablog.com

 



女性のおっぱい問題

通ってるジムのお風呂では色々な体をした女性がいる。見ていて思うのは「いい体してんなぁ」と思う女性の体というのは圧倒的に少ないこと。

 

何かしらが垂れて、何かしらが役割を終えているのを目の当たりにすると「〝体だけで〟人は今までの人生で何があったのかを語れるのだな」と色々な人の体を眺めながら入浴する。

 

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「入浴中は女性の体を俯瞰しながら物思いにふけっています。」

 

人はこれを変態と呼ぶのだろうか。言わないだけで女性は女性の体を見ているし、いやらしい体や締まった綺麗な体を見ると、自分も頑張ろうと思えるものだと思う。

 

 

 

体型には、人の性格がでる。

 

若い女性が細く締まった体を維持できるのは当たり前。それを推定30代以上の方がキープしているのを見ると、素直に「自分のことを女性として大切に扱ってるんですね」という印象を受ける。30代は自分を女性として扱うか、女性を捨てるかの分かれ目のように思える。

 

 

若いうちはお椀型のおっぱいでも、出産し、授乳を経験したおっぱいは垂れる。女性としてはおっぱいは垂れたくはないという気持ちがある。だが、出産という行為は女性としての機能を果たすという意味では最たることなので、そのおっぱいに女性としての経験値を感じる。

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つまり、おっぱいにもマウンティングがあるように思える。

造形美としては若いおっぱいがおっさん目線では勝るが、女性として出産を経験しているおっぱいがなんだか誇らしげに見える時がある。

 

支配人:「こちら人気ナンバー1おっぱい、お椀ちゃんです!」

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こんにちわ!お椀です!

 

支配人:「こちらは垂れてるけど、結婚して子供産んで、幸せなおっぱいです!」

 

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こんにちは!幸せなおっぱいです!

 

子供を産むことが女性として優れているわけではない。ましてや独身であることが不幸である訳がない。でもなんだ。何かおっぱいが語りかけてくるのだ。

 

 

 

揉んだことがないのでわからないのだが、「卒乳後のおっぱいは柔らかい」という情報もある。だから「子供がいて不倫している女性って柔らかめのおっぱいを提供し、殿方はそれを愛でているんですね。そうなんですね。」ということをなんとなく想像してみる。なんとなく失楽園を一通り想像してみる。ついこないだ斉藤由貴さんが報道されていたので、斉藤由貴さんが頭から離れなくなって非常に困った。

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「おっぱいは関係ないんだな。歳も関係ないんだな。恋愛は化学反応なんだな」と現実に還る。おっぱいはそのおっぱいが誰のおっぱいなのかが重要。関根勤の名言である。

 

 

 

最後にお伝えしたいことがある。高齢の女性の乳首の色はピンクで綺麗な色をしているのに対して、うら若き女性の乳首は褐色である

 

ジムの風呂、今まで温泉で遭遇した女性をトータル的に見てきた私の結論。推定65歳以上の乳首は大体可愛い色をしている。

 

AVでピンクの綺麗な乳首の女性がanan言ってるせいで、褐色の乳首が可哀想。AVというのは真実の包括だと思う。だがしかしこれもまたおっぱいはそのおっぱいが誰のおっぱいなのかが重要なのであって、大体の女性の乳首が褐色しているという真実を包み込む男性の包容力に敬意を称したい。

 

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おっぱいはそのおっぱいが誰のおっぱいなのかが重要

平子理沙の脇でリゾットが食べたい〜徳井 義実〜

チュートリアルの徳井があれは確かしゃべくり007だったか。テレビで言った事が私は忘れられない。その日からすっかり私の彼を見る目が変わってしまった。

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ゲストが平子理沙だった時、等身大パネルが出てきた。腕を挙げたポージングをしているパネルに対して彼は言った。

 

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「脇がいい!!」


脇がいい、、、じわじわくる、、なんだろう、、じわじわくる、、

脇!脇がいいんだ。「ワキ」が視覚的に性感帯に脳感帯にこの人には染みるんだ。そうなんだ、脇が良いんだッッッッッ!!!!!!じわじわぢんぢんしているままの無防備な私に徳井は言った。



「もう、その脇でリゾットが食べたい。」

 

この言葉を脳裏に置いておきながら、チーズの上にリゾットがのっている写真を見て欲しい。

 

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これは私が徳井を異端視するようになった決定的なエピソードとなった。

 

 



「その脇でリゾットが食べたい。」



そのセリフに似た台詞に覚えはないだろうか?

そう。「君の膵臓をたべたい」である。

 

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君の膵臓を食べたい、がそのタイトルに反して感動大作であるのに対して「その脇でリゾットが食べたい」は全くもってただの変態的発言であると言い切れる。



彼の表現力の豊かさ。彼の直球さ。変態さ。全てトータル的に、私は堕ちてしまった。人を見る目が変わるという経験をした人なら分かると思うが、その日からもう徳井を見る度に「この男は平子理沙の脇でリゾットが食べたいのか。」とゾクゾクする。

 

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そして徳井がセカオザことスピードワゴンの小沢と一緒に住んでいると知った時もゾクゾクした。

 

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この人には何かある。何かある。

人間の狂気とは神秘的だ。

 

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徳井 義実の情熱大陸

平子理沙の脇でリゾットが食べたい」

タルムードを持たない日本人

趣味で宗教の勉強をするのが私は好きだ。

My hobby is to study religion✩

 

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何となく宗教の話になると日本に置いては重っ苦しくなるので、爽やかさを求めて英語にしてみたが、特に意味はない。そしてちっとも爽やかになっていない。

 

小言は置いておいて、私が宗教を勉強していて興味深いことの一つはユダヤ人の信仰するユダヤ教である。ユダヤ教というのは別名:タルムードと呼ばれ、親から子へ知識が受け継がれてきた言わば、「民族宗教」である。

 

 

 

ユダヤ人のことを少しでもかじったことがある人なら既にご存知かと思うが、ユダヤ人というのは迫害され続けた民族である。

 

元はと言えばキリスト教ユダヤ教がベースで作られており、ユダヤ教からカトリックプロテスタントイスラムヒンドゥーと派生した。つまりこれらの宗教は旧約聖書という同じ経典を信仰する宗教。

 

ユダヤ教の誕生から1500年遅れてキリストが誕生し、さらに500年経ってイスラム教が誕生した。実際にはユダヤ教は2000年以上の歴史があるが、権力への適応ではなく、迫害・離散への適応という形で発展したのがユダヤ教なのである。

 

ユダヤ人が何処に行っても大体迫害される。。諸説あるがこれは彼らが権利収入を持たない労働収入で生活をする人たちから「妬まれる」からだと私は推測している。

 

「権利収入」と「労働収入」という2つの稼ぎ方があるが、ユダヤ人は権利収入で生活費をまかない、労働収入で得たお金は好きなことに使う。例えば旅が好きであれば旅をする。経済的に自由であるように先祖代々タルムードを教えられるのだ。

 

そうやって悠々自適な生活をしている民族がもし日本にいたら、、妬ましくないだろうか?「ここは日本だぞ?みんなと同じように足並み揃えて働け」と言いたくならないだろうか。「日本人じゃないやん!!何なの!!出て行ってよ!!」とならないだろうか。いや、絶対なる。他の国だって同じだろう。特にこの国は1民族1言語。よそ者に対してウブでシャイだ。

 

面白いのが(面白いというのは大変失礼なんだけど)ユダヤ人は国に所属するという概念がないこと。国から迫害され続け、国が守ってくれなくても繁栄し生きながらえようとしてきたのだから当然のこと。

 

要するにですね、国家も持たないユダヤ人が繁栄を続けてこれたのは「タルムード」をいう宗教的戒律を保ってきたことが大きいのです。

 

 

で、本題に入ります。(前説ながっ)

 

日本人やばい。。

ここでの「ヤバイ」とは、いい意味のやばいではなくて、悪い意味でのヤヴァイになります。

 

 

宗教を奪われた日本人

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何から説明しようかと思うのだけどまず、日本は無宗教と言われていますがあれは違うんです。今でこそ、天皇は国家の象徴とされていますが、本当は「神道」です。天皇は、明治以前から、神社神道最高神官。日本は神道という信仰をずっとしてきました。

 

教科書通り「天皇は国家の象徴」を信じて、今まで宗教について調べてこなかった人はきっと知らない人もいるかと思います。要するに天皇を神として崇めていたのです。それが戦争でアメリカに負けた時に「天皇は神ではありません!!」と正式に宣言しました。これが人間宣言 - Wikipediaってやつです。

天皇万歳!!」と日本人が言うのはその名残ですね。

 

アメリカ怖かったと思うのよ。。日本人の国のためなら命を捨てる精神力。

だからこそ、GHQは日本人の精神的強さ、復讐戦を恐れ、神道を衰退させ、日本人の大和魂を骨抜きにするという方法をとったよね。何故こんなことをしたかといえば、アメリカが日本人の精神的強さが「国家神道」にあると見たからです。神道に加えて、皇室の伝統、そして歴史教育を全面否定。

 

 

 

だから我々日本人って宙ぶらりんなんです。

 

タルムード的なものが何もない。信じるものが何もない。

それが今の日本だと思うんです。

 

 

 

1民族1言語で、明らかに英語とか外来語と言うものが喋れない教育になってるし、日本の教育というもの自体も「何故、学ぶのか。」ということが欠落しています。

 

ユダヤ人は迫害の歴史があったので、物やお金は常に奪われる恐れがありました。だからこそ教育にお金も時間もかけます。知識というものは奪えないからです。そして彼らのタルムードは2000年以上の歴史がありながら完成されていなく、余白があります。これはユダヤ人が学びつづけるという意思表示でもあり、今も尚発展しています。

 

 

要するに日本人は軸がないのです。

「何か信じたい」のに「信じられるものがわからない」とも言える。

 

 

・なんとなく学校に行って

・なんとなく社会に出て

・なんとなくお金がもっとある生活ができたらなぁと過ごし

 

なんとなく、なんとなくで生きている民族。

命名。現在の日本人は「何となく民族。」(小声。)

 

 

戦後の高度経済期成長を支えた団塊の世代の方は、「無いものをまた作る」ということにエネルギーを注ぐことができましたが、現代の日本人ってその必要がなくて「なんとなくでも生きていける。でも生きてる感じはしない。」

 

何にエネルギーを注いで生きて行けば良いのかわからない。

それが顕著に全てにおいて現れてると言えると思うのです。

 

 

 

で、私からご提案。

 

タルムードを良いように取り入れるのはいかが?( ´ ▽ ` )

 

 

 

戦後、国家など無いのに

「国家」じゃ無いと生きられない日本人

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何故、日本人が1民族1言語かと考えてみたことはありますか?

日本人は流浪しませんし、島国ですから他の言葉を使う必要が無いというのもそうなんですが、ある意味日本の国土に日本人って封印されているんですよね。

 

ちょっと難しい話になりますが、本当は日本も国家なんて無いのです。戦後の日本はアメリカの属国。一応表面上は国家ですけど、アメリカによって思想をコントロールされており、宗教という軸もなく、教育も「何のために学ぶのか」という一番重要な部分が教育されません。

 

日本人が新興宗教や心理学、スピリチュアルなものに嫌悪感を抱きながらも興味や関心があるのは「自分が信じられることを見つけたい」という現れでもあります。枯渇しているんですね。信じるということに。タルムードのような戒律や答えが本当は欲しいのです。

 

今後、「信じる」という側面にも触れていきたいと思います。が、最初に言っておきます。なんかの宗教に勧誘したい訳ではありませんwww

 

「軸を持って生きる。」そうすれば人から無駄にエネルギーを奪われたり搾取されたりすることって減りますよね。日本人的に言うと「処世術について考えていきましょう」ってことです。はい。

 

 

 

怪しいブログに貴重なエネルギーを使って読んでくださり、ありがとうございました( ´ ▽ ` )

 

 

普通の女になりたくないという女に遭遇すると戦慄を覚える

昔あれは11歳の時、体育の授業で担任の半田先生が言った。「普通って何?」何を持ってして彼にこんな事を言わせてしまったのかは覚えていないのだが、私は何か質問されて「普通。」と答えてしまったらしい。「普通って何?」と問われたので私は「。。標準?」と答える羽目になった。



半田先生は槇原敬之に似ていた。槇原敬之の顔ばかり思い浮かんで、何故半田先生に「普通って何?」と言わせてしまったのかが分からない。この事を思い出すたびに、「♫〜冬がはっじまるよ。」と槇原敬之が歌い出す。思い出せない事が大変残念なことのように思う。毎回冬が始まる。そして「♫〜どんな時も。」が脳内リフレインされ、ほっこりしながら事態を収拾させる。

 

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普通って何なのか考えると「普通なんてものは存在しないんだから、普通という概念に合わせる必要もないし、合わせることもできない。」という私の中のニーチェ的な存在が顔を覗かせる。


普通なんてものはない。でも確かに「普通」という感覚は各々の中にあるものだと思う。


それなのに「普通の女で終わりたくない」とか「普通が嫌だ。」という女性は何を目指しているのだろう。普通が嫌なら逆に「普通にならなきゃ!」と思えばいい。そうしたら、今の自分は普通ではなくなる。(屁理屈。)だからどんどん「普通にならなきゃ!私は普通じゃないから!」と思えばいいと思う。(戦慄が走る。)


「普通」という言葉から連想されるのは、一般的だったり平均的というニュアンスの言葉だ。つまり、普通の女が嫌だというのは「その他大勢の凡人には私はなりたくない!」という宣誓のように感じられる。


【普通の女にならない】というコンセプトで生きたら一体どういう女になるのだろう?


「普通の女」というものにどういう概念を持っているのかによって異なると思うが、「自分が普通だと思う事はしない」というのが普通じゃない女を志す者のルールになってくるのではないか。


普通だと思う事はしない、というのはどういう事なのか。。ここまでくるともう想像がつかない。具体的に著名人の名前を挙げて普通じゃない人を教えてほしい。


・どういう生き方で何をしたら普通なんだ?
・普通がつまらないから普通はいけないのか?
・普通は面白くないのか?
・要するに目立ちたいのか?
ウィキペディアに名前を連ねたいのか?



例えば、かの有名なアインシュタインは恐らく推測で物を申し上げてご本人には申し訳ないが普通だとは思われていなかったと思う。だけど少なくても「普通が嫌だ。」とか「普通の男で終わりたくない。」というコンセプトで生きてはいないように思う。

 

あと大体普通じゃない女はモテない。絶対モテない。男は普通な性格で普通よりも可愛くておっぱいが大きい子が好きなのだ。だから普通でありながら、なんか目立ちたいという意味で「普通の女になりたくない」という女に遭遇するとその都合のよさに戦慄を覚える。

 

 

「普通ってなに?」

と疑問を持つ度に半田先生が出てくる。

 

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普通って何?






でもこういう事を言うと、普通だという事にコンプレックスを抱いている女性に取り締まりを受ける事になり兼ねない。「何よ!この変なブログ書いてるやつ!普通こんな事書かないよね!この人おかしいよね!」と嫌われるに違いない。


あと「普通な人なんかいないよ。みんなおかしい。だから大丈夫あなたも普通じゃないよ。」と、思っても言わないよ、絶対。

 

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そんな事絶対言ってはいけない。「普通の女で終わりたくない」と誰が思っているか分からない以上この件についてはあやふやにして生きていく。