unplugged

アンプラグド[unplugged]: 生楽器だけで演奏すること

周りが自分を必要としないように周りを自立させるという愛

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周りが自分を必要としないように、
周りを自立させるって、
凄い愛。

 

「誰にも求められなくても大丈夫。」

そう思えた時
自分の中から愛が溢れてる事に気がついて
世界は完璧だ、と思える。

 

何故「必要とされたい。」と、苦悩するのかというと、寂しくて悲しくて辛くて認めて欲くて孤独だから。

 

世界が自立して私がいなくても回ってる喜びを

感じていないから。

 


本当に世界平和を願うなら、
「世界が私を必要としないこと」を祈ればいい。

 

 

30年くらい生きてるけど
そこに辿り着きたくてずっとやってきて
本当最近やっと分かったような気がしてる。

 


単純に「孤独だなぁ。寂しいなぁ。」って思う時もあるけど、それは波みたいなもんで仕方ない。
 


以前の私はいかに合理的でいかに賢く、いかに生産的で、いかにクリエイティブで、、、「生み出す」ことばかり考えていた。生産的であることに誇りを持っていた。

 


今でこそ、自分が孤独を感じる時でも「今日も、世界は完璧だ。」と思えようになってきたけど、昔は、嫉妬や悲しみ寂しさに覆われて、私の中にある優しさや本当に大きい愛みたいなものは実体を無くした。

悲しさや寂しさを庇うために色々な事をした。今でもある。感情に乗っ取られてる時。

 

そういう悲しみも寂しさも、誰かをいいなって思う気持ちも、ずっと続いていく。きっと、生きてる限りね。そう思った時、なんか笑えた。

 

「もう抗うのやめよう」って思った。

 

この世界は完璧だから。唯一の完璧な存在だから。

 

 

  

 

生きてるこの日常への信頼感。
生きてるこの世界への信頼感。
生きて関わっている人への信頼感。
生きて関わっている社会への信頼感。
親への信頼感。
夫への信頼感。
友達への信頼感。


それが裏切りという形でひっくり返ったとしても、この世界が完璧であることに変わりはないのです。

 


大抵のことは自分の物差しでしか見れないし、測れないし、自分の都合。

 

この世界が残酷でも不条理でも理不尽でも不平等でも。それに悲しむのも喜ぶのも全て自己都合。

 

だからこそ、この世界が残酷で不条理で理不尽で不平等だからこそ、人は人と手を取り合わないと生きていけないんじゃないかな。

 

そこに人の強さと弱さを垣間見ることができる。

 


この世界は完璧だから、この世界をどうにかするために情報発信をするなら、そんなことしなくていい。

  

 

変えようとしなくてもいいのがこの世界。

だって満ち足りてるのに、そこに介入したいのは自己都合だから。

 


「この世界は完璧。」
その上でやりたいことをやる。
変えようとするのではなく、単純にやりたいと思える事をやればいい。 

 


最近は夫も仕事面で私を必要とせず、仕事を頑張っている。なんて、有難いのでしょう。

ありがとう、夫。


また一つ、私を必要としない世界が実現していく。そしてずっとそれを望んできて、下準備をしてきた。

 


「この世界は完璧。」

だからこそ誰にも必要とされない人になりたい。

 

周りがどんどん自立して、どんどん私を必要としなくなることを祝福したい。
喜んで手放せる私で在りたい。

 

 

誰にも、必要とされない状況で、本当に自分がやりたいことができること。

それが本望。

 

ビジネスとしては破談だけど、必要とされないってことは、みんなが満たされているということ。

私すっごく愛のあるやつだなぁって、自分で自分が満ちて、与えたくなる。でも欲しいものは欲しいから手に入れるね。

 

 
その繰り返し。

 

 

この世界は完璧だと分かった上で

この世界で生きていく。

 

この世界に還元して、いつか還る。

 

肉体も記憶もいつかなくなってしまうだろう。でもその時に、この世界にきっと、感謝するだろう。