静アダルト・フェチ
人一倍好きなんだ。上質で落ち着いた照明と店内。白いYシャツに黒いベスト首元は蝶ネクタイ。バーテンダーのシェイカーを振るう音がシックな音楽の上に重なる。いつもより少しだけお洒落した大人の談笑。大人の疲労感と責任感に一瞬の安らぎ。抱き締めたくなる後ろ姿。子どもが一人もいない大人だけに許される特別な場所。予定と予定の合間。日々の倦怠感を今しかない一時の微睡へと昇華する横顔。汗をかいたグラスの中で丸氷がまろやかに溶けたアルコールを口にすると「大人って最高。」って思うの。
人差し指と中指から煙が宙を儀式のように舞って海月のように朧月夜に溶ける夜。
嗚呼。バーに行きたい。
本物のカクテルを作れるバーテンダーがいるバーに行きたい。
特別でラグジュアリーな私にとっての【それ】は札幌にある。「ヨーグルトを使ったカクテル作れますか?」ってオーダーして「お口に合えばいいんですけど。」って完璧なカクテルを出してくれるあの場所が恋しくて恋しくて恋しい。去年行ったらまさかの月一回のお休みの日だった。そんな事ってある?
休日に氷を削って丸氷を作ってる本物のバーテンダーHさん。その横でそっといつもアラカルトを出してくれる奥様。会いたくて会いたくて会いたい。あのカウンター。あのグランドピアノ。重厚な黒い扉。
東京に来てから、その場凌ぎのカクテルじゃなくて本物の一杯をずっと求めている。
漆黒の夜に蝶のように止まる静の空間。私はきっと、静アダルト・フェチ。